【現地取材】「公式否定」から20年、なぜ九份の赤提灯に私たちは幻想を見るのか?『千と千尋』を巡る噂の真相と2026年のリアル
台湾 千 と 千尋の舞台ではないか――そんな都市伝説が長年囁かれ続けてきた山あいの街、九份(キュウフン)。夕暮れ時、急な石段に沿って真っ赤な提灯が灯り、山霧の中に古い木造建築が浮かび上がる光景は、訪れる日本人の旅情を強烈に揺さぶる。スタジオジブリや宮崎駿監督が「モデル地ではない」と明言して久しい2026年の今なお、台北からの日帰りツアーは連日満席状態が続く。公式の否定すら呑み込んで膨らみ続けるこのイメージの正体と、街が秘めた真の魅力に迫った。
台北市街の喧騒を離れ、車で東へ1時間ほど揺られると、眼下に広がる東シナ海と急傾斜に張り付く街並みが見えてくる。旅行会社のツアー広告やSNSで躍る台湾 千 と 千尋というフレーズは、確かに旅行客を惹きつける強烈な磁力だ。だが、石畳に足を踏み入れた瞬間、私たちが目にするのは単なる映画の幻影にとどまらない。金鉱の発見と衰退、日本統治時代の面影、そして台湾映画の金字塔『悲情城市』のロケ地としての記憶――多様な歴史の層が重なり合って醸し出される濃密な空気感こそが、訪れる者を魅了して止まないのだ。
宮崎駿監督の「公式否定」と、世界へ広まった都市伝説のリアリティ

ジブリファンが集うウェブフォーラムやトラベルブロガーの間で「湯婆婆の油屋そのものだ」と話題になり始めたのは2000年代初頭のこと。噂の中心となったのは、急勾配の階段沿いに佇む老舗茶館「阿妹茶酒館(アーメイ・チャーチウグアン)」だ。重厚な木造枠と屋根から吊り下げられた赤提灯の連なりは、確かに劇中の怪しくも美しい異界の建造物を連想させる。
しかし、スタジオジブリ側の公式スタンスは一貫している。モデル地として公認されているのは愛媛県の道後温泉や東京都の江戸東京たてもの園などであり、九份について宮崎監督自身も「参考にしていない」と発言している。現地で長年ガイドを務める陳氏も苦笑いを浮かべながら語る。「観光客のほとんどが『ここが千と千尋の街ですか?』と尋ねてきます。違いますよと事実を伝えても、みなさん納得したように笑顔でシャッターを切り続ける。彼らが求めているのは歴史的真実というより、映画の世界に迷い込んだかのような体感そのものなのでしょう」。
金鉱の栄華からゴーストタウンへ:九份が辿った波乱の足跡

九份が漂わせるノスタルジーの根底を理解するには、映画以前の歴史にスポットを当てる必要がある。19世紀末、この地域で金脈が見つかると、一目散に金鉱技師や労働者が押し寄せ、街は一気にゴールドラッシュの熱気に包まれた。日本統治時代には本格的な近代採掘が行われ、街には料亭や映画館が立ち並び、「小香港」と称されるほどの繁栄を極めた。
だが資源は永遠ではない。1970年代に鉱山が閉山すると、賑わいは嘘のように引き潮となり、九份は一時、人影もまばらなゴーストタウンへと転落した。再び息を吹き返したのは1989年、ベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画『悲情城市』の舞台となったことだ。台湾の人々にとってこの街は、自国の歴史の傷痕と郷愁を象徴する特別な場所なのである。日本人が感じる懐かしさの裏には、日本の建築美学と台湾特有の風土が溶け合った独特の文脈が存在する。
「阿妹茶酒館」に灯がともる瞬間――視覚的シンクロが生む錯覚

午後4時30分。日の入りが迫ると、豎崎路(スーチイルー)の狭い石段はカメラを構えた旅行者で埋め尽くされる。山側から冷たい霧が流れてくると同時に、店々の軒先に吊るされた赤提灯が一斉にオレンジ色の光を放ち始めた。その瞬間、道行く人々から小さな歓声があがる。
木造建築の入り組んだ屋根、湿り気を帯びた石畳、そして暗闇に浮かび上がる朱色の灯り。この要素が揃ったとき、脳内で『千と千尋の神隠し』の冒頭シーンが瞬時に再生されるのは偶然ではない。東アジアの伝統的な木造意匠と、活気あふれる路地裏文化の共通項が、見る者の記憶と強力にリンクするのだ。「公式なモデルではない」という事実は、この圧倒的な空間体験の前ではかすんでしまう。
2026年最新情報:混雑を回避して静寂の九份を歩くテクニック
2026年現在、世界的な観光需要の復調に伴い、九份のメインストリートである基山街や豎崎路は日中、歩行困難なほどの混雑に見舞われる。特に観光バスが集中する17時から19時は、人波に流されるような状態になりやすい。人混みを避け、街の風情を存分に味わうにはちょっとしたコツが必要だ。
現地を取材するジャーナリストが推奨するのは、台北市内を早朝に出発して午前9時前に到着するスケジュール、あるいは山荘風の宿に1泊する滞在スタイルだ。観光客が押し寄せる前の早朝、清涼な空気が満ちる石段を登れば、朝霧の向こうに広がる太平洋(基隆沖)の絶景を独占できる。また、20時を過ぎて日帰りツアー客が去った後の夜の九份も格別だ。静まり返った路地に提灯の明かりだけがぽつんと残る景色は、まるで異界の静寂を独り占めしているかのような贅沢な時間を与えてくれる。
芋圓から本格高山茶まで、五感で噛みしめる九份のグルメと文化
九份の魅力は景色だけにとどまらない。石段の最上部付近に位置する「阿柑姨芋圓」で味わう出来立ての芋団子(芋圓)は、素朴な甘みとモチモチした食感がたまらない逸品だ。店奥のイートインスペースからは、山肌に連なる街並みと大海原を一望するダイナミックな景観が広がる。
散策に疲れたら、歴史ある茶館でゆったりと台湾茶の作法を楽しむのがいい。「九份茶坊」をはじめとする老舗の茶芸館では、古い木造建築のぬくもりの中で、高山茶の深い香りと甘みをじっくりと堪能できる。陶器の茶壺から立ち上る湯気を眺めつつ、急勾配の街並みを遠目に見下ろす時間は、日常の慌ただしさを完全に忘れさせてくれるはずだ。
観光公害(オーバーツーリズム)の波と、歴史保全に向き合う街の未来
世界中の旅行客を惹きつけ続ける一方で、九份は今、オーバーツーリズムの深刻な壁に直面している。山あいの狭い道路に大型バスが殺到することによる慢性的な交通渋滞や、ゴミ問題、住民の生活道路の混雑など、課題は年々増大している。
2026年現在、地元自治体や商店街組合は、混雑時間帯の規制やデジタル技術を活用した人流分散策、さらには近隣の歴史エリアである金瓜石(ジングアシー)への回遊ルート整備など、持続可能な観光への転換を模索中だ。かつて金の採掘で栄え、衰退を経て観光地として蘇った九份。単なる「映えスポット」として消費するのではなく、この街が歩んできた波乱に満ちた歴史と人々の生活に敬意を払いながら歩くことこそが、次世代へこの美しい景色を繋ぐ鍵となるだろう。 (出典: 台湾 千 と 千尋(Yahoo!ニュース))